「仕事、慣れた?」「うんっ。皆さん優しいし親切にしてくれるからやりやすいよ。黒柳さんが時折、私と大くんの関係を言っちゃいそうでハラハラしてるけどね」くすっと笑って話をする。「あいつマイペースだからな」「大くんがライブで結婚するって言ってくれたでしょ? でも、世間には私の顔は知られていないからさ。まさか、私が大くんの奥さんになるなんて知ったら、信じられない人もいっぱいいるだろうね」自分でもまだ信じられない時がある。でも、一緒に住むようになって少しは実感が湧いてきた。「……入籍日なんだけど、十一月三日でOKもらったから」「本当? 嬉しい」ニコッと微笑むと大くんも微笑み返してくれる。「結婚式は親しい人だけでやらないか?」「そうだね。ウエディングパーティーみたいなのもいいかも。あまり人数が多いと疲れちゃうし。玲と千奈津は呼びたいな。小桃さんも!」「ああ、いいよ」「髪の毛……伸ばしたほうがいいかな。色んな髪型できるし」髪の毛と口に出した途端、大くんは険しい表情になった。言ってはいけないワードを言っただろうか。「ごちそうさまでした」「あ、うん」立ち上がって食器をさげると、歯を磨きに行ってしまった大くん。どうしちゃったんだろう。気に障ること言ったかな。戻ってきたと思ったら寝室で腹筋をはじめた。あまり、話しかけないほうがいいかなと思って、リビングで大人しく待っていた。しばらくしてちらっと様子を見ると、トレーニングを終えた大くんはベッドにうつ伏せになっている。遠慮しようかと思ったけど、大くんともう少しだけ話をしたいと思って近づいてみた。「起きてる?」「うん……」「あ、じゃあ、マッサージしようか?」「……お願いしようかな」大くんの背中に乗って肩から揉む。体が楽になればいいなと思いながら、気持ちを込めてマッサージをしていく。でも無言だ。気まずいので話題を探す。「市川さんってかっこいいのに、結婚しないんだね」「…………」「優しいし、仕事もできるし」「………………」「過去に悲しい恋愛とかしたのかな」「そんなに気になるのか」お腹の底から出しているような低い声に驚いて、マッサージする手を思わず止めてしまった。
「おい、美羽」「……まさか! 何言ってんの。ありえない」「市川さんがいいなら、婚約破棄すればいいだろっ」いきなり体を乱暴に起こすから、私はバランスを崩して倒れた。「大くん、危ないよ」顔を見ると不機嫌そのもの。ベッドの上で胡座をかいて、膝に肘をついて顔を支えている。人差し指で頬をトントントンと叩いていて、イライラを必死で抑えているように感じた。「あーもう」そして、頭をぐしゃぐしゃと両手で乱し大きなため息をついた。「……大くん」「いいか。俺はだな、美羽が他の男に触られたりするのが一番嫌なの」きょとんとする私。大くん以外の男の人に触られたりしてないけど。うーん。考えてみるけど思いつかない。「もしかして、自覚ないのか?」「……ごめん。大くん以外に触られたりした記憶がない」「もっと危険じゃん……」大くんは、私の手を取ってぎゅっと体を引き寄せた。大好きな大くんの香りに包まれて安堵する。やっぱり、一日一回はこうやって抱きしめてもらいたい。結婚してもこれは続けてほしいと思う。「大くぅん……」胸に顔をつけて大くんの香りをくんくんと嗅ぐ。あー、たまらない。犬が飼い主さんの匂いを嗅ぎたがる気持ちが痛いほど、わかる。「汗、臭いんじゃない? 俺、運動したばかりだし」「いいの。全部含めて大くんだし」「もう、まったく」さらにぎゅっと抱きしめられる。「美羽。お願いだから、市川さんといちゃいちゃするなよ」「……市川さん?」エレベーターの前で大くんに会った時、市川さんは髪の毛についたゴミを取ってくれて髪の毛を直してくれたんだった。あれを見て大くんは怒って、不機嫌だったのか。「市川さんってすげー男前だろ? 俺なんて勝負できるような人じゃないんだ。美羽、最近、市川さんの話ばかりだから不安になって……押しつぶされそうだった。しかも、髪の毛まで触らせて。俺の美羽なのに」独占欲むき出しの大くんにキュンキュンしてしまう私って……。でも、愛しているからこそ独占欲が湧いてくるんだよね。すごくわかる。「大くん。私だっていつも不安なんだよ。テレビで綺麗なタレントさんと楽しそうに話しているだけでも嫉妬する。……しかも今日なんて社交ダンスだよ」「あ……、あれオンエアー今日だったのか」苦笑いをしている。「美羽も嫉妬してくれてるんだな。なんか、安心した。…
*ランチを終えて仕事をしていると、窓から日差しが入ってきた。眩しいなと思っていたところ、芽衣子さんはブラインドを降ろした。他のスタッフさんは外出していて二人きり。まったりとした空気が流れている。「もう夏だねー……」つぶやいた芽衣子さんは、心なしか切なげな表情を見せた。なんでそんなに悲しそうな顔をするのだろう。夏に対していい思い出がないのだろうか。私は気になって仕方がなかったけれどプライベートなことを話させるにはまだ距離が近くない気がして黙っていた。「紫藤さんって優しい?」「え?」突然の質問に驚いてしまったけれど「はい」と素直に答える。「少し独占欲が強いところもありますけど……」苦笑いをする私。芽衣子さんは自分の席に座った。「それって愛されている証拠じゃない」微笑みながら、言ってくれた。きっと、そうだと思う。納得して微笑む。「幸せそうね」優しい声で言った。「芽衣子さんはお付き合いされている方いるんですか?」「私はね……別れようと思ってるの……」悲しそうに眉毛を落とした芽衣子さん。やっぱり、お付き合いしている人がいたのか。でも、どうして別れようと思ったのだろう。聞くに聞きづらい。「誰にも言うなって言われていて。ずっと黙ってたの。でも、もう別れるからいいよね。美羽さんだから言っちゃおうかな……」「私なんかでいいんですか?」「うん。聞いてくれる?」「もちろんです」カラッとした笑顔を向けてきた。「…………黒柳明人と……、付き合ってるの」「……そ、そうなんですか?」芽衣子さんの彼氏が黒柳さんだったなんて予想外だった。……けど、言われてみればここに黒柳さんが来ると必ず芽衣子さんの近くに座っていた。「付き合って五年。結婚の「け」すら聞いたことないの。私に言うのはただ一つ。誰にも言うなってことだけ。……付き合ってるんじゃなくて、あいつにとってはセフレなのかね」さっぱりとした口調で言っているけど、かなり傷ついているように見える。「同じCOLORのメンバーと付き合っているのに。美羽さんはああやってライブで結婚宣言までしてもらえて幸せだよね。私、もう三十四歳だから焦ってしまうのよ。結婚がしたい」その気持ちは痛いほどわかる。アラサーとして家庭への憧れは強くなるのだ。女性には出産できるタイムリミットがあるのでそれも焦る原
*今日は事務所に所属しているタレントさんや、働いているスタッフが集まって呑み会が開かれていた。大会議室でオードブルが広げられていて、缶ビールを片手に雑談をしている。「美羽さん、お疲れ様」「お疲れ様です」声をかけて回っている大澤社長は、私のところへも話しかけに来てくれた。「仲よくやってる?」「はい、お陰様で」「そう。楽しく暮してね」そう言ってまた次の人のところへ行ってしまう。過去にあんなに反対されていたのに今ではこうして普通に話しかけてくれるのが不思議でたまらない。でも私たちが乗り越えなければならない難だったのかも。テレビで活躍されているタレントがいっぱいいて、まるでテレビの中に入ったような気持ちになった。若いタレントさんが近づいてきたのでお酌をする。今売れ始めているイケメン俳優だ。「ありがと」「いえ」ニヤリとして顔を近づけてきた。「お姉さん……見たことない顔だな。最近、入ったの?」「……はい」「へぇ。色が白くて美人だね」「ありがとうございます」いかにも軽そうな雰囲気で、対応に困っていると、大くんがさり気なく近づいてきた。若手俳優は「おはようございます」と礼儀正しく挨拶すると、大くんは「おはよう」と言って微笑んだ。「話している最中悪いけど、彼女のこと借りるね」大くんは私の手を引いて若手俳優から引き離した。そして、廊下へと連れて行かれる。「美羽、この業界は色んな人がいるから気をつけろよ」「べつに話しかけられただけだよ」額をツンと人差し指で突かれた。「危機感が少なすぎるんだって。あいつ美羽のことそういう目で見てただろ。気をつけろよ」「ごめんなさい」見つめ合っていると「お熱いこと」と声が聞こえて驚いて見ると、黒柳さんが壁に背をつけて腕を組みつつ見ている。それでも、大くんは慌てる様子はない。私は驚いてそばから離れた。「黒柳もそろそろ結婚してあげなよ。彼女もお年頃だろ?」その口ぶりから大くんは、黒柳さんが付き合っている人を知っているようだ。誰にも言うなと言っているはずなのにメンバーは知ってるのかな。「大樹……。俺と芽衣子が付き合っているって教えたの?」「いや」「そう」つぶやいた黒柳さんは、私を見つめた。「そういうことなんだ。でも、誰にも言わないでね」私はとりあえずコクリとうなずいたが、芽衣
黒柳さんは、芽衣子さんのことが好きなんだ。二人が両想いだと知って少し安心した。それならきっとうまくいくはずだ。でも早く掛け違えたボタンを直さなければ二人は別れてしまうかもしれない。私に何かできることはないのだろうか。「大樹は言わないのか? 事務所の人間に」「……言おうと思う。社長は美羽が大変だから言うなって。でも、もう限界。俺の美羽に手を出そうとする奴が多い」「ははは」気怠そうに笑った黒柳さん。「独占欲が強いな、大樹」「お前が野放しにしすぎなんじゃない?」クスクスと笑い合っている二人。仲がいいようだ。そこに赤坂さんまで登場する。赤坂さんは見るからに俺様オーラを放っている。「頑張ってるんだってね、赤坂」黒柳さんがやんわりした声で言うと赤坂さんは鼻で笑う。「まあな。お前らみたいに余裕があるわけじゃねぇーから」COLORが全員揃って目の前で話していると迫力がある。やっぱり、大くんってすごい人なんだと実感した。「大樹がさ、美羽ちゃんが他の男に狙われるのが嫌だからついに皆にバラすらしいよ~」黒柳さんが面白がってふんわりと笑いながら言った。「え?」「いいじゃん。どうせなら、今言っちゃえよ」赤坂さんは革のパンツのポケットに手を入れて、唇を片方だけ上げて笑う。俺様発言連発に私はきょとんとしてしまった。「それ、いいかも。今皆に伝えるチャンスだな」大くんはそう言って、私の手を引いて中へ入って行った。パーティーをしている場所に移動すると、ここには身内の事務所の人しかいなかったけれどたくさんの人が集まっている。「話があります」大くんがマイクで言うと静まり返り、視線がこちらに集中した。私は突然のことなので驚いて止めることができなかった。「俺がライブで結婚宣言した女性は、こちらにいる美羽です」皆さんは堂々と言うと目を丸くしている。一気に注目を浴びて顔が熱くなってしまった。大澤社長は笑っている。「大樹ったら、もう。困った子」それから、揉みくちゃにされて質問の嵐に対応するのが、大変だった。
続編第三章 嫉妬しちゃう心暑い……。かき氷食べたいな……。仕事を終えて買い物をしながらそんなことを考えていた。大くんは甘いモノをほとんど食べない。だから私も付き合って食べないようにしているけれど、たまに食べたくなってしまう。女性は甘いモノが大好きな人が多い気がする。七月に入り、ますます気温が上昇しているせいか、湿気が多くて具合が悪くなる。今日は冷麦でもしようかな。そう思っている時、大くんからメールが届いた。『友だちに会うことになった。今日は夕飯いらないよ。なるべく早く帰るね』なんだ、一人で夕飯か。寂しいな……と思いつつ、一人なら作る必要はないと思ってお弁当を購入した。きっと、大くんと暮らしてなかったらだらしない食生活かもしれない。お惣菜かファーストフードか、コンビニ弁当。栄養バランスを考えないで食べていただろうなと想像し苦笑いをしながら自宅に戻った。家に戻ると一週間分の疲れが出てしまったのか、お弁当をテーブルに置いてうとうとしてしまった。「……う、……みう、美羽!」呼びかけられて体が揺すられ、目を覚ます。大くんが心配そうな顔で覗きこんでいた。「……あ、やだ。眠ってしまってた……」壁の時計を見ると深夜一時だ。明日は休みだから夜更かししても平気だけど……大くんは疲れてないかな。「お帰りなさい、大くん」大くんは私をふわりと包み込むように抱きしめてくれた。安心してまた眠気が襲ってきたのだけど、甘い匂いがして一気に意識がはっきりしてしまった。……女の人の香りがする。
「遅くなってごめんな」「……いや、大丈夫だよ」抱きしめられたままいるのが嫌で、大くんから離れる。すっと立ち上がった私は目をそらす。「明日も早いでしょ? 早くお風呂入ってきた方がいいよ」そっけなく言ってキッチンへ行く。友達に会うって言ってたけど……。匂いが服に移るほど密着していたのだろうか。もしかして――浮気?大くんはそんなことしない人だよね。「美羽。弁当食べようと思ってたのか?」テーブルに置きっぱなしだった弁当を見ながら大くんは問いかけてくる。「……たまにはね」「やっぱり、美羽を一人にしておけないな。ジャンクフードとかばっかり食べて体悪くしそうじゃん。俺が側にいないとね。美羽には俺が必要だな」そう言って後ろから抱きしめてくる。少しアルコールも入っているみたい。友達って誰なの?聞きたいけど聞けない。いちいち束縛していたら、嫌な女だと思われそうだし。結婚するんだからもう少し自信を持つべきだと思う。「大くん、お風呂どーぞ」「うん。美羽、疲れているならあまり無理するんじゃないぞ」「ありがとう」「じゃあ、風呂入ってくる」リビングから出て行った。私は、はぁと溜息をついてソファーに座る。無造作に置かれた最新の機種ですごく薄いスマホに目がいった。中身をみたい衝動に駆られる。けど、そんなことはしたくない。婚約者であってもプライバシーは必要だと思うから。そう思いつつ真っ暗な画面を見ていると急に光った。無料通話アプリが作動し画面にメッセージが書かれていた。『紗代:今日はありがとう。また会いたい』短い文面だったためかすべて読めてしまった。画面はすぐに暗くなる。……紗代って誰?
二人きりだったわけじゃないよね。疑いたい気持ちが出てきたけれど大くんを信じよう。立ち上がってお弁当を冷蔵庫に入れる。食べる気が湧かずミネラルウォーターをグラスに注いで飲んだ。そこにバスルームから戻ってきた大くんが頭を拭きながら近づいてくる。「俺にも一口頂戴」ニコッと笑って私の手からグラスを抜き取った。そして喉を鳴らして美味しそうに飲んでいる。モヤモヤしている気持ちが嫌だったから、意を決して質問しようと思った。声が震えないように冷静を装って質問を投げかける。大くんはミネラルウォーターをおかわりしようと冷蔵庫から取り出して、グラスに注いだ。「……今日って、何人集まったの?」さり気なく、普段の会話のように話しかける。二人以上であれば安心できるし、勘違いをしたままでいたくない。水を飲み終えた大くんは平然と答えた。「二人だよ」「大くんと、あと二人の友達が来たの?」「いや、俺ともう一人」……二人きりだったってことだ。サーッと血の気が引いていくような感覚に襲われた。これ以上質問を重ねてもいいのだろうか。もっと悲しい気持ちになるかもしれない。それなら聞かないほうがいいんじゃないか。「そう。楽しかった?」私は嘘の笑顔を作りながら会話を続ける。「うーん。どちらかと言うと話を聞いていたって感じだからな。定期的に話を聞いてやらないと爆発しちゃうみたいでさ。困ったやつだよな」ずいぶん仲のいい友達で、付き合いが長いようだ。私の知らない大くんを知っている人なのかもしれない。大くんはソファーに座ってスマホを手に取った。さっき届いたメッセージを読んでいるようだ。すぐに返事をしている。大くんはマメな性格だから深い意味はないと思うけど……女の人に返事を書いていると思うと、胸の奥底から嫌なものが沸き上がってくる。「お風呂入ってくるね。大くん、疲れてるだろうから、先に寝ていていいからね」目を合わせることもできずにバスルームに逃げ込んだ。気持ちを落ち着かせるように熱いシャワーを思いっきりかけた。「……紗代って誰なのよ……」そして、私はもう一度ため息をついた。
「俺たちはさ、自分のやりたい道を見つけて、それぞれ進んでいけるかもしれないけど、今まで応援してくれた人たちはどんな気持ちになると思う?」どうしてもそこだけは避けてはいけない道のような気がして、俺は素直に自分の言葉を口にした。光の差してきた事務所にまた重い空気が流れていく。でも大事なことなので言わなければならない。苦しいけれど、ここは乗り越えて行かなければいけない壁なのだ。.「悲しむに決まってるよ。いつも俺たちの衣装を真似して作ってきてくれるファンとか、丁寧にレポートを書いて送ってくれる人とか。そういう人たちに支えられてきたんだよね」黒柳が切なそうな声で言った。でもその声の中には感謝の気持ちも感じられる。デビューしてから今日までの楽しかったことや嬉しかったこと辛かったことや苦しかったことを思い出す。毎日必死で生きてきたのであっという間に時が流れたような気がした。「感謝の気持を込めて……盛大に解散ライブをやるしかないんじゃないか?」赤坂が告げると、そこにいる全員が同じ気持ちになったようだった。部屋の空気が引き締まったように思える。「本当は全国各地回って挨拶をさせてあげたいんだけど、今あなたたちはなるべく早く解散を望んでいるわよね。それなら大きな会場でやるしかない。会場に来れない人たちのためには配信もしてあげるべきね」「そうだね」社長が言うと黒柳は返事してぼんやりと宙に視線を送る。いろんなことを想像している時、彼はこういう表情を浮かべるのだ。「今までの集大成を見せようぜ」「おう」赤坂が言い俺が返事をした。黒柳もうなずいている。「じゃあ……十二月三十一日を持って解散する方向で進んでいきましょう。まずはファンクラブに向けて今月中にメッセージをして、会場を抑えてライブの予告もする。その後にメディアにお知らせをする。おそらくオファーがたくさん来ると思うからなるべくスケジュールを合わせて、今までの感謝の気持ちで出演してきましょう」社長がテキパキと口にするが、きっと彼女の心の中にもいろんな感情が渦巻いているに違いない。育ての親としてたちを見送るような気持ちだろう。それから俺たちは解散ライブに向けてどんなことをするべきか、前向きに話し合いが行われた。
「じゃあ、まず成人」 赤坂は、名前を呼ばれると一瞬考え込んだような表情をしたが、すぐに口を開いた。 「……俺は、作詞作曲……やりたい」 「そう。いいわね。元COLORプロデュースのアイドルなんて作ったら世の中の人が喜んでくれるかもしれないわ」 社長は優しい顔をして聞いていた。 「リュウジは?」 社長に言われてぼんやりと天井を見上げた。しばらく逡巡してからのんびりとした口調で言う。 「まだ具体的にイメージできてないけど、テレビで話をするとか好きだからそういう仕そういう仕事ができたら」 「いいじゃないかしら」 最後に全員の視線がこちらを向いた。 「大は?」 みんなの話を聞いて俺にできることは何なんだろうと考えていた。音楽も好きだけど興味があることといえば演技の世界だ。 「俳優……かな」 「今のあなたにピッタリね。新しい仕事も決まったと聞いたわよ」 「どんな仕事?」 赤坂が興味ある気に質問してきた。 「映画監督兼俳優の仕事。しかも、新人の俳優を起用するようで、面接もやってほしいと言われたみたいなのよ」 社長が質問に答えると、赤坂は感心したように頷く。 「たしかに、いいと思うな。ぴったりな仕事だ」 「あなたたちも将来が見えてきたわね。私としては事務所に引き続き残ってもらって一緒に仕事をしたいと思っているわ」 これからの自分たちのことを社長は真剣に考えてくれていると伝わってきた。 ずっと過去から彼女は俺らのことを思ってくれている。 芸能生活を長く続けてやっと感謝することができたのだ。 今こうして仕事を続けていなかったら俺は愛する人を守れなかったかもしれない。でも美羽には過去に嫌な思いをさせてしまった。紆余曲折あったけれどこれからの未来は幸せいっぱいに過ごしていきたいと決意している。 でも俺たちが解散してしまったらファンはどんな思いをするのだろう。そこの部分が引っかかって前向きに決断できないのだ。
それは覚悟していたことだけど、実際に言葉にされると本当にいいのかと迷ってしまう。たとえ俺たちが全員結婚してしまったとしても、音楽やパフォーマンスを楽しみにしてくれているファンもいるのではないか。解散してしまうと『これからも永遠に応援する』と言ってくれていた人たちのことを裏切るのではないかと胸の中にモヤモヤしたものが溜まってきた。「……そうかもしれないな。いずれ十分なパフォーマンスもできなくなってくるだろうし、それなら花があるうちに解散というのも一つの道かもしれない」赤坂が冷静な口調で言った。俺の意見を聞きたそうに全員の視線が注がれる。「俺たちが結婚してもパフォーマンスを楽しみにしてくれている人がいるんじゃないかって……裏切るような気持ちになった。でも今赤坂の話を聞いて、十分なパフォーマンスがいずれはできなくなるとも思って……」会議室がまた静まり返った。こんなにも重たい空気になってしまうなんて、辛い。まるでお葬式みたいだ。 解散の話になると無言が流れるだろうとは覚悟していたが、予想以上に嫌な空気だった。芸能人は夢を与える仕事だ。 十分なパフォーマンスができているうちに解散したほうが 記憶にいい状態のまま残っているかもしれない。 「解散してもみんなにはうちの事務所に行ってほしいって思うのは私の思いよ。できれば、これからも一緒に仕事をしていきたい。これからの時代を作る後輩たちも入ってくると思うけど育成を一緒に手伝ってほしいとも思ってるわ」社長の思いに胸が打たれた。「解散するとして、あなたたちは何をしたいのか? ビジョンは見える?」質問されて全員頭をひねらせていた。
そして、その夜。仕事が終わって夜になり、COLORは事務所に集められた。大澤社長と各マネージャーも参加している。「今日みんなに集まってもらったのは、これからのあなたたちの未来について話し合おうかと思って」社長が口を開くと部屋の空気が重たくなっていった。「大樹が結婚して事務所にはいろんな意見の連絡が来たわ。もちろん祝福してくれる人もたくさんいたけれど、一部のファンは大きな怒りを抱えている。アイドルというのはそういう仕事なの」黒柳は壁側に座ってぼんやりと窓を見ている。一応は話を聞いていなさそうにも見えるが彼はこういう性格なのだ。赤坂はいつになく余裕のない表情をしていた。「成人もリュウジも好きな人ができて結婚したいって私に伝えてきたの。だからねそろそろあなたたちの将来を真剣に話し合わなければならないと思って今日は集まってもらったわ」マネージャーたちは、黙って聞いている。俺が結婚も認めてもらったということは、いつかはグループの将来を真剣に考えなければならない時が来るとは覚悟していた。時の流れは早いもので、気がつけば今日のような日がやってきていたのだ。 「今までは結婚を反対して禁止していたけれど、もうそうもいかないわよね。あなたたちは十分大人になった」事務所として大澤社長は理解があるほうだと思う。過去に俺の交際を大反対したのはまだまだ子供だったからだろう。どの道を進んでいけばいいのか。考えるけれど考えがまとまらなかった。しばらく俺たちは無言のままその場にいた。時計の針の音だけが静かに部屋の中に響いていた。「俺は解散するしかないと思ってる……」黒柳がぽつりと言った。
今日は、COLORとしての仕事ではなく、それぞれの現場で仕事をする日だ。 その車の中で池村マネージャーが俺に話しかけてきた。「実は映画監督をしてみないかって依頼があるのですが、どうですか? 興味はありますか?」今までに引き受けたことのない新しい仕事だった。「え? 俺にそんなオファーが来てるの?」驚いて 思わず 変な声が出てしまう。演技は数年前から少しずつ始めてい、てミュージカルに参加させてもらったことをきっかけに演技の仕事も楽しいと思うようになっていたのだ。まさか 映画監督のオファーをもらえるとは想像もしていなかった。「はい。プロモーションビデオの表情がすごくよかったと高く評価してくれたようですよ。ミュージカルも見てこの人には才能があると思ったと言ってくれました。ぜひ、お願いしたいとのことなんです。監督もしながら俳優もやるっていう感じで、かなり大変だと思うんですが……。内容は学園もので青春ミステリーみたいな感じなんですって。新人俳優のオーディションもやるそうで、そこにも審査員として参加してほしいと言われていますよ」タブレットで資料を見せられた。企画書に目を通すと難しそうだけど新たなのチャレンジをしてみたりと心が動かされたのだ。「やってみたい」「では早速仕事を受けておきます」池村マネージャーは早速メールで返事を書いているようだ。新しいことにチャレンジできるということはとてもありがたい。芸能関係の仕事をしていて次から次とやることを与えてもらえるのは当たり前じゃない。心から感謝したいと思った。
大樹side愛する人との平凡な毎日は、あまりにも最高すぎて、夢ではないかと思ってしまう。先日は、美羽との結婚パーティーをやっと開くことができた。美羽のウエディングドレス姿を見た時、本物の天使かと思った。美しくて柔らかい雰囲気で世界一美しい自分の妻だった。同時にこれからも彼女のことを命をかけて守っていかなければならないと感じている。紆余曲折あった俺たちだが、こうして幸せな日々を過ごせるのは心から感謝しなければならない。当たり前じゃないのだから。お腹にいる子供も順調に育っている。六月には生まれてくる予定だ。昨晩は性別もわかり、いよいよ父親になるのだなと覚悟が決まってきた気がする。女の子だった。はなの妹がこの世の中に誕生してくるのだ。子供の誕生は嬉しいが、どうしても生まれてくることができなかったはなへは、申し訳ない気持ちになる。母子共に健康で無事に生まれてくるように『はな』に手を合わせて祈った。手を合わせて振り返ると隣で一緒に手を合わせていた美羽と目が合う。「今日も忙しいの?」「うん。ちょっと遅くなってしまうかもしれないから無理しないで眠っていていいから」美羽は少し寂しそうな表情を浮かべた。「大くんに会いたいから起きていたいけど、お腹の子供に無理をかけたくないから、もしかしたら寝ているかもしれない」「あぁ。大事にして」俺は美羽のお腹を優しく撫でた。「じゃあ行ってくるから」「行ってらっしゃい」玄関先で甘いキスをした。結婚して妊娠しているというのにキスをするたびに彼女はいまだに恥ずかしそうな表情を浮かべるのだ。いつまでピュアなままなのだろうか。そんな美羽を愛おしく思って仕事に行きたくなくなってしまうが、彼女と子供のためにも一生懸命働いてこよう。「今度こそ行ってくるね」「気をつけて」外に出てマンションに行くと、迎えの車が来ていた。
少し眠くなってきたところで、玄関のドアが開く音が聞こえた。立ち上がって迎えに行こうとするがお腹が大きくなってきているので、動きがゆっくりだ。よいしょ、よいしょと歩いていると、ドアが開く。大くんがドアの前で待機していた私は見てすごくうれしそうにピカピカの笑顔を向けてきた。 そして近づいてきて私のことを抱きしめた。「美羽、ただいま。先に寝ていてもよかったんだよ」「ううん。大くんに会いたかったの」素直に気持ちを伝えると頭を撫でてくれた。私のことを優しく抱きしめてくれる。そして、お供えコーナーで手を合わせてから、私は台所に行った。「夕食、食べる?」「あまり食欲ないんだ。作ってくれたのなら朝に食べようかな」やはり夜遅くなると体重に気をつけているようであまり食べない。この時間にケーキを出すのはどうかと思ったけれど、早く伝えたくて出すことにした。「あ、あのね……これ」冷蔵庫からケーキを出す。「ケーキ作ったの?」「うん……。赤ちゃんの性別がわかったから……」こんな夜中にやることじゃないかもしれないけど、これから生まれてくる子供のための思い出を作りたくてついつい作ってしまったのだ。迷惑だと思われてないか心配だったけど、大くんの顔を見るとにっこりと笑ってくれている。「そっか。ありがとう」嫌な表情を全くしないので安心した。ケーキをテーブルに置くと私は説明を始める。ケーキの上にパイナップルとイチゴを盛り付けてあった。「この中にフルーツが入ってるの。ケーキを切って中がパイナップルだったら男の子。イチゴだったら女の子。切ってみて」ナイフを手渡す。「わかった。ドキドキするね」そう言って彼はおそるおそる入刀する。すると中から出てきたのは……「イチゴだ!」「うん!」お腹の中にいる赤ちゃんの性別は女の子だったのだ。「楽しみだね。きっと可愛い子供が生まれてくるんだろうな」真夜中だというのに今日は特別だと言ってケーキを食べる。私と彼はこれから生まれてくる赤ちゃんの話でかなり盛り上がった。その後、ソファーに並んで座り、大きくなってきたお腹を撫でてくれる。「大きくなってきた」「うん!」「元気に生まれてくるんだぞ」優しい声でお腹に話しかけていた。その横顔を見るだけで私は幸せな気持ちになる。はなを妊娠した時、こんな幸福な時間がやってくると
美羽side結婚パーティーを無事に終えることができ、私は心から安心していた。 私と大くんが夫婦になったということをたくさんの人が祝ってくれたのが、嬉しくて ありがたくてたまらなかった。 しかし私が大くんと結婚したことで、傷ついてしまったファンがいるのも事実だ。 アイドルとしては、芸能生活を続けていくのはかなり厳しいだろう。 覚悟はしていたのに本当に私がそばにいていいのかと悩んでしまう時もある。 そんな時は大きくなってきたお腹を撫でて、私と大くんが選んだ道は間違っていないと思うようにしていた。自分で自分を肯定しなければ気持ちがおかしくなってしまいそうになる。 あまり落ち込まないようにしよう。 大くんは、仕事が立て込んでいて帰ってくるのが遅いみたい。 食事は、軽めのものを用意しておいた。 入浴も終えてソファーで休んでいたが時計は二十三時。 いつも帰りが遅いので平気。 私と大くんは再会するまでの間、会えていない期間があった。 これに比べると今は必ず帰ってくるので、幸せな状況だと感で胸がいっぱいだ。 今日は産婦人科に行ってきて赤ちゃんの性別がはっきりわかったので、伝えようと思っている。手作りのケーキを作ってフルーツの中身で伝えるというささやかなイベントをしようと思った。でも仕事で疲れているところにそんなことをしたら迷惑かな。 でも大事なことなので特別な時間にしたい。
「そんな簡単な問題じゃないと思う。もっと冷静になって考えなさい」強い口調で言われたので思わず大澤社長を睨んでしまう。すると大澤社長は呆れたように大きなため息をついた。「あなたの気の強さはわかるけど、落ち着いて考えないといけないのよ。大人なんだからね」「ああ、わかってる」「芸能人だから考えがずれているって思われたら、困るでしょう」本当に困った子というような感じでアルコールを流し込んでいる。社長にとっては俺たちはずっと子供のような存在なのかもしれない。大事に思ってくれているからこそ厳しい言葉をかけてくれているのだろう。「……メンバーで話し合いをしたいと思う。その上でどうするか決めていきたい」大澤社長は俺の真剣な言葉を聞いてじっと瞳を見つめてくる。「わかったわ。メンバーで話し合いをするまでに自分がこれからどうしていきたいか、自分に何ができるのかを考えてきなさい」「……ありがとうございます」俺はペコッと頭を下げた。「解散するにしても、ファンの皆さんが納得する形にしなければいけないのよ。ファンのおかげであなたたちはご飯を食べてこられたのだから。感謝を忘れてはいけないの」大澤社長の言葉が身にしみていた。彼女の言う通りだ。ファンがいたからこそ俺たちは成長しこうして食べていくことができた。音楽を聞いてくれている人たちに元気を届けたいと思いながら過ごしていたけれど、逆に俺たちが勇気や希望をもらえたりしてありがたい存在だった。そのファンたちを怒らせてしまう結果になるかもしれない。それでも俺は自分の人生を愛する人と過ごしていきたいと考えた。俺達COLORは、変わる時なのかもしれない……。